アンチエイジングに思うこと

住職 釋 龍生

 最近よくテレビとかラジオで、アンチエイジングという言葉を耳にする。アンチエイジングとは、「加齢に抗う」、また「老化に抗う」ということらしい。
 敬老の日の毎日新聞に、「年寄りを笑うな」と題したコラムが掲載されていた。当コラムの内容を要約すれば、『現在、日本の高齢化率は30%に迫り、誰もが生きる上で避けることのできない「老い」を、自然な過程として受け止める意識が薄れつつあるように感じる。アンチエイジングという風潮に象徴されるように、若さを善として、老いを否定的に捉えて、高齢者を社会の負担とみなす風潮も広がっている。しかし老いは誰もが等しく経験する自然な過程であり、決して他人事ではない。また、医療の進歩などによって平均寿命が延びて、高齢になっても経済活動や地域活動に参加して、社会に貢献する人も増えている。そもそも世の中には、幼い子どもから年老いた高齢者まで、さまざまな人間が共存している。それが本来、当たり前なのである。誰しもがこの世に生を受け、やがて老いて、病気をして、死を迎える、生老病死を人間の自然な歩みとして受け止め、互いを思いやることの大切さをあらためて考えたい』ということである。
 仏教の説く「生老病死」とは、総じて「生きる」ということであり、その生きること自体が「苦」であると説く。死に焦点を当てれば、長寿を全うする人もいれば、若く、幼くして命を終える人もいる。年齢の長幼やアンチエイジングといった昨今の世間の風潮にかかわらず、死は誰しもが避けることのできない、必ず迎えなければならない現実である。長く生きればその分、煩悩に振り回される迷いの姿を否応なく曝け出す日々が思いがけず長く続く。反対に生涯が短ければ、それはそれで不憫な命の切なさを感じる。いずれにしても、誰しもが生老病死という思いどおりにならない現実の只中にいる。その無常な現実を、仏教では「老少不定」とも説く。本当に容赦のない言葉である。
 浄土真宗でいう七高僧の第五祖、善導大師は、「往生礼讃」というお経の中で、

人間怱々として衆務を営み、年命の日夜に去ることを覚えず。灯の風中にありて減すること期しがたきがごとし

と示される。この文の意味は、私たちは日々の仕事に追われ、忙しく過ごす中で、自分の命が刻一刻と終わりに向かっていることに気づいていない。それはまるで灯火が風の中で、いつ消えるか分からないようなものである、という意味である。
 人の命も、今ある生活も、形あるものはいずれ滅び去り、いつか必ず終わりを迎える。明日さえ知れぬ身として、限りある命を愛おしく抱えながら、人はそれぞれに、儚さと寂寥感を纏いつつ、どのような形であれ生を全うする。その内実は、娑婆という苦界を生き抜く上で、際限なく欲望を求め、貪瞋痴という三毒の煩悩にまみれて喘ぐ姿にほかならない。
 アミダさまは、どんなに望んでも煩悩から離れられない私たちに、片時も離れずに常に寄り添い、手を差しのべながら、救いのおはたらきを届け続けてくださる。同時に救われる術として二心なくお念仏をいただくことを、自らの御手に抱きとめて、優しくお経を通して教えてくださる。煩悩を抱えたまま、迷える娑婆を生きる私たち。その私たちをこそ救いの目当てとするアミダさま。その永遠に尽きることのないぬくもりは、地獄に垂らされた一筋の蜘蛛の糸のように、暗闇の最中に射す一筋の光明として確かな救いへと導いてくださる。お念仏は、自らの力で救いを得るための手立てではない。お念仏を二心なくいただくということは、同時にアミダさまの救いのおはたらきが、この私の身に沁み通るよう、絶えずはたらき続けられるということである。

一期一会

坊守 佐々木 ひろみ

 本堂に「BIG ISSUE(ビッグイシュー)」という雑誌が置いてあります。その雑誌は、生活困窮者の支援のためにイギリスで作られたもので、本堂にあるのは、その〔日本版〕です。8月の表紙の写真とその名前(SUGIZO スギゾー)が目に止まりました。スギゾーさんは、ロックバンドLUNA SEAとX JAPANのギタリスト兼バイオリニストです。数年前に、身近で耳にした名前です。
 まず、数年前になぜ名前を耳にしたかというと、倉敷市真備町の方からこんなお話を聞いたからです。真備には、専教寺のご門徒が住まれていて、西日本豪雨の被害に遭われた方も多くおられます。災害後、全国からボランティアの方が手伝いに来られました。ご門徒のYさんは、ひっくり返った冷蔵庫を運ぶのに、人手が足りなくて困っていたそうです。そこで、近くにおられたボランティアの方に声を掛けたところ、一緒に運んでくださったそうです。
 実は、Yさんは、ギター職人で、ご自身でギターを一から手作りされています。プロの方から注文を受けて作ることもあるそうです。ある日、プロギタリストのライブ後のパーティーにYさんが招かれた際、スギゾーさんを紹介されたそうです。その時はすぐに結びつかなかったようですが、後に交流するようになって、「あの時、冷蔵庫を運んでくれたボランティアの人がスギゾーさんだったのか」と気付いたと聞きました。
 そのお話を聞いて、不思議なご縁に驚きました。また、テレビで見るスギゾーさんは、“近寄りがたいイケメンで、華やかな世界で活躍されている遠い存在”というイメージの人だったので、メディアと全く関係なく個人的にボランティア活動をされていることで、すばらしい方だなと思いました。
 そのようなことで、表紙の写真を見た時に、思わず「あ、スギゾーさんだ!」と、雑誌ビッグイシューを手に取りました。インタビュー記事には、スギゾーさんが、環境・平和活動、人権・難民支援活動など、音楽を通して幅広く活動されていることが書かれていました。スギゾーさんの言葉から、誠実さ、謙虚さ、温かい人柄を感じました。
 最後に、心に残った言葉を紹介します。「みんなもう少しやさしくなろうよ、周囲にも、自分にも、と言いたい。~中略~きっと日々のストレスが他者に向いてしまうのだろうけど、罵詈雑言の代わりに、ほんの少しの思いやりをもつだけで、きっと世界は変わるはず。みんながもう少し心に余裕をもてる社会になるべきだ、と強く願っています。」思いを行動に移す方だからこそ、説得力のある言葉だなと思いました。